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この「横軽」・「碓氷線」の区間は明治26年4月1日にアプト式の車両で開通した。
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なぜアプト式かというと「横川〜軽井沢」間は水平距離9.2km対して、高低差が553mという
鉄道的にはあり得ない高低差を結んでいる区間だったからだ。
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ところが アプト式では走行スピードや牽引できる車両数に限りがあり需要に対応できなくなった。
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そこで 複線、粘着方式(普通にレール2本で走る鉄道)の新線が建設された。
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複線化に伴い この熊の平駅は廃止になり 今はホームと変電所のみが残っている。
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変電所内にもう設備などはほとんどなかった。
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新線のルートもアプト線とほぼ同じだったため急勾配との戦いは続いていた。
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粘着運転を可能にしたのが、碓氷峠を越えるためだけに開発された電気機関車「EF63」(ロクサン)だ。
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よって、碓氷峠を越えるすべての車両は「ロクサン」(ハチロクではない)に連結する必要があった。
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「ロクサン」には急坂を登る為の馬力と、急坂で安全に止まる為の幾つもの機能があるそうだ。
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「ロクサン」は必ず 勾配の下側に連結され、登坂時は下から車両を押し上げ、くだるときには加重に堪えてきた。
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僕も「ロクサン」のような男にいつかなりたい。
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電車の中で電気機関車がいちばんかっこいいと思うのは自分だけ?
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急峻な碓氷峠は、事故や災害で多くの犠牲が出てしまった場所でもある。
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熊の平には殉難碑がある これは昭和25年6月9日早朝に発生した山崩れで
命を落とした方のみたまをまつるってあるものだ。
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二次災害も発生し復旧作業中の職員と職員宿舎にいた家族約50名の方が亡くなった。
殉難碑には花が手向けられていた。
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また、ブレーキが故障し 機関車4両が脱線、転覆し乗務員が重軽傷を負う事故も発生している。
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制限速度38Km/hを越えてしまうと、どのような手段を使っても
列車を止めることが出来ないという碓氷峠 恐ろしいところだ。
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